荒川静香の夫は外科医で病院と写真と名前?愛車はバイク?トリノの年齢と曲?

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今回は、トリノオリンピックで金メダルに輝いたイナバウアーで世界を魅了した荒川静香さんを見てみます。

 

 

トリノオリンピックの他、数々の世界選手権等でメダルを獲得し、2006年にアマチュアを引退後プロフィギアスケーターとなり現在は結婚出産、さらには日本スケート連盟副会長をつとめています

 

公私とも充実して大忙しの荒川静香さんですね(^^)

 

 

1981年12月29日生まれ。東京都出生、宮城県仙台市育ち。競技では加点されないイナバウアーを長野オリンピックでスルヤボナリー選手が披露したことに感動したため人々の記憶に残るスケーターになりたいと取り入れたそうです。

 

【夫は外科医で病院?】

 

荒川静香さんは2013年の誕生日に一般男性と結婚しました。旦那さんとは、両者の母親の紹介による見合い結婚のようです。旦那さんに関しては、一般の方ということもあり名前と勤務先は公表していませんでした。出身校は東京慈恵会医科大学という超エリート校の卒業で、小児外科の医者をしているそうです。

 

 

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写真と名前?

 

166cmの荒川静香さんより背が高くてガッシリした体格ですね。旦那さんは、テレビを見ないのだそうで、荒川静香さんと初めて会うときテレビなど多数出演していたが、『こっちだけが相手の情報を知っているのはフェアじゃない』と調べるようなことをしなかったそうです。

 

そんな外科医である旦那さんの収入はかなりなものだと推測されますが結婚後に立てた都内の新居は2億5千万もしたそうです。この建設費を出したのは、なんと荒川静香さんで旦那さんの負担は求めなかったのです。当時の荒川静香さんの年収は13億円もあったようです。

 

【愛車はバイク?】

 

荒川静香さんは大型バイクの免許を持っていてヤマハ・ボルトというバイクに乗っているのです。女性で大型バイクはかっこいいですね。バイクが好きになったきっかけは、信号待ちで見かけた女性ライダーを見かけて『かっこいい』と思ったのだそうです。その勢いで免許を取得したのです。

 

現在のバイクは2台目で、ヤマハ本社に訪れたときに送られたものだそうですが100万円程するバイクをくれるというのはすごいですね。ちなみに最初に乗っていたバイクは、ヤマハ・XVS1300CAというモデルなのだそうです。

 

 

さすがに大型バイクは大きいです。しかし体の細い女性だからなのか余計大きく感じてしまいます。荒川静香さんの愛車は、ローライダータイプで地面に足が届きやすいということで小柄な女性にもおすすめなのだそうです。Twitterなどに投稿した写真には『かっこいい』とコメントする人が多数いて話題になっているようです。

 

【トリノの年齢と曲?】

 

荒川静香さんと言えば、やはりトリノオリンピックのアジア人初の金メダルではないでしょうか?当時、24歳でした。フィギアスケートはジャッジが曖昧なところがあるそうで、名の知れた上位の選手が少々ミスをしても減点と見られないが、下位の選手だと大きく採点に関わったり、経験の少ない審判だと細かい演技を見逃して採点していたりと不公平な部分があるそうです。さらに、アメリカや、ロシアなどの選手が有利に採点されていたところもあったようで、アジア勢の選手には不公平な採点がなされてきました。

 

しかし2004年の世界選手権で荒川静香さんは技術点が満点の6点の判定を受けて優勝を果たしました。今までにないアジア人の快挙に国際スケート連盟は規格変更を行いました。規格変更後、世界選手権の演技は満点ではなく回転不足のジャンプとみなされてしまいます。さらにイナバウアーは加点の対象から外されたのでした。

 

 

2006年トリノオリンピックを2月間前に控えフリーの曲を急遽ショパンの『幻想即興曲』から2004年の世界選手権で優勝を果たした曲『トゥーランドット』に変更し、『点数を稼ぐためではなく自分の演技を見ている観客の心に伝えたい』との気持ちで敢えて加点のないイナバウアーを取り入れた結果、大歓声とともに優勝に輝きました。

 

 

フィギアスケートでアジア人初の金メダルとなりました。今回は荒川静香さんを見てみました。フィギアスケートの世界は、今でこそ日本人の優勝候補が出てくるようになりましたが荒川静香さんの金メダル獲得が後輩たちに良い影響を与えているの間違いと思います。日本スケート連盟副会長として母として益々輝いて欲しいと思います。

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