宇多田ヒカルの母親は転落死で統合失調症と精神病が死因?母の歌と曲?

Pocket

 

今回は歌手の宇多田ヒカルさん

について見ていきたいと思います。

 

スポンサードリンク

宇多田ヒカル(うただ ひかる)

本名 宇多田光

1983年1月19日生まれ

ニューヨーク州出身

A型

 

宇多田照實さんと藤圭子さんの間に生まれた宇多田ヒカルさん。

アメリカの小学校では2年生から4年生に飛び級し、

日本のインターナショナルスクールでも

1年飛び級するなど勉強が得意だったようです。

その後コロンビア大学バーナードカレッジに

進学しましたが、こちらは休学ののち中退しています。

 

1990年、両親と共にU3を結成し、1993年に

スタジオ・アルバム「STAR」で日本デビューしました。

 

 

1995年にはボーカルを宇多田さんにバトンタッチして

cubic Uに名前を変えてアメリカとヨーロッパで

合計4枚のレコードとマキシシングルをリリースしました。

 

そして1997年、日本でのレコーディング中に

たまたま隣のスタジオにいたプロデューサーの三宅彰さんに

「日本語でやってみないか」と声をかけられ、

1998年にソロ1stシングル「Automatic/time will tell」

を発売しました。みなさんご存知の通り、

これは200万枚のヒットを記録し、社会現象を巻き起こしました。

翌年に発売した1stアルバム「First Love」は

なんと発売初週で200万枚を突破。

その後も売り上げを伸ばし続け、

日本国内のアルバムチャートの歴代1位となりました。

その後、武道館公演やUtada名義での全米デビューやツアー、

楽曲のリリースとさまざまなタイアップなど

精力的に活動しました。

 

それだけでなく、首相官邸での当時のブッシュ大統領を

迎えるレセプションや世界フォーラムのオープニングセレモニー

などにも参加するようになり、名実ともに

日本を代表するビッグアーティストとなりました。

 

そんな人気絶頂の2010年、突然の活動休止を発表しました。

10代でブレイクしたため当たり前でなくなってしまった

「普通」の生活や感覚を取り戻すための休止でした。

そして、2016年に連続テレビ小説「とと姉ちゃん」

の主題歌を担当することが発表され、同年4月4日から

本格的に活動を再開しました。

新曲の配信やアルバムリリース、年末には

中継での紅白歌合戦に初出場するなど早くも活躍しています

 

プライベートでは2002年に映画監督の紀里谷和明さんと

結婚しましたが、結婚生活に対する意識の違いなどから

2007年に離婚。その後2014年にイタリア人の

フランチェスコ・カリアーノさんと再婚し、

翌年に男の子を出産しました。

スポンサードリンク

 

 

現在は、 ロンドンを拠点に活動し、

歌手と家庭を両立しています。

 

母親は転落死で統合失調症と精神病が死因?

 

最初に少し触れたように、宇多田さんの母親は

演歌歌手の藤圭子さんです。

 

 

藤圭子(ふじ けいこ)

本名 宇多田純子

1951年7月9日生まれ

東京都出身

 

1969年に「新宿の女」でデビューしました。

その迫力のある歌声と可憐なルックスで大ブレイクし、

1stアルバムとあまり期間を空けずにリリースした

2ndアルバムで37週連続1位という大記録を達成しました。

その一方プライベートでは、歌手の前川清さんをはじめとして

合計6回の結婚と離婚を繰り返しました。

1974年に喉のポリープの摘出手術を受けたことによる

歌声の変化に悩み引退を考え始め、

両親の離婚が決め手となり1979年に引退しました。

その後、1982年に宇多田照實さんと結婚し

翌年ヒカルさんを出産、家族ユニットU3で活動しました。

 

藤さんは昔から浪費癖があったようで、

ファーストクラスでの世界旅行、ギャンブル、

ホストクラブなどで豪遊し5年間で5億円を

使ったとも言われています。

この浪費癖が原因で家族と別居し、

2007年に離婚に至りました。

 

家族内で孤立して不安定な精神状態に陥った藤さんは

病院でパニック障害と診断され、

その後パニック障害にはない奇行に走る

といった症状が見られたため、

2度目の診断で統合失調症と鬱病が混ざった

「統合失調感情障害」という精神病であるとされました。

そして2013年8月22日に、

東京都新宿区のマンションの知人が住む

13階の部屋から飛び降りて亡くなりました。

 

精神が不安定だったことが原因の衝動的な行動

とも考えられますが、家族や知人との間に壁が

できてしまったことやそれによる寂しさに

耐えられなくなってしまったのかもしれませんね。

宇多田さんは、母の自殺に対しコメントを出しました。

藤さんの病状やそれによる家族の苦悩、

母に対する思いなどが綴られています。

宇多田ヒカルさんも相当ショックだったと思います。

この苦境にまけずに頑張って欲しいですね。

 

母の歌と曲?

 

2016年10月5日放送の「NEWS ZERO」で、宇多田さんは同番組のテーマ曲に提供した「真夏の通り雨」が、藤さんの死後初めて歌詞を書いた今日であることを明かしました。この歌詞から聴き手には色々な人に思いを馳せてほしいとしながらも、宇多田さんは歌詞に出てくる「あなた」は自分にとっては母親のことだと話していました。

 

悲しさや戸惑い、葛藤などさまざまな感情が

渦巻いていることが感じられました。

ぜひ曲と合わせて聴いてみてください!

 

ということで、今回は宇多田ヒカルさんと

母である藤圭子さんについて見てきました。

ブレイクの裏でたくさんの苦悩を乗り越えてきた宇多田さん。

活動休止、母親の死、結婚と出産を経て、

これからどのような楽曲を生み出していくのか注目ですね!

スポンサードリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)